カバラという意味のわからない単語に出会い

それが何か知りたいと感じたら、それはあなたに関係があって
知る必要があるのだと、思っています。
初めてカバラという単語に出会ったのは
カバラ数秘術でしたが、その時はまったく
この道が気になりませんでした。
わたしがカバラを知りたくなったのは、ミステリースクールで、イプシスマスの勧めでした。
初めは、必須だからという言葉で、そのまま乗るには抵抗があり2年近く経って
自分に必要だと感じ、行きたい!と思った後に
お金が流れてくるという運びでした。
カバラが何なのかは、自身で学び取ります。
カバラを受ければ、変わるらしい。
からでもいいのです。
やってみる!
カバラとは、受け取る、ということのようです。
目の前の現象から、表面的なことだけでなく
自分にとっての真実を受け取る。
カバラも、間違っていてもよいので当てはめる癖、考える癖をつけることが大事で、
それに慣れていなくても、自分のペースで行い、
イニシエーションだけで逃げ切るのは勿体無いものです。
わたしはカバラ2の後半で
わたしの使命のような、やるべきこと
向かうべきことを知りました。
結局、自分の中にあることでしたが、
どうこの世界でそれを行っていくかというところにいます。
この一歩を踏み出すことが私にとってのアビスなのかもしれません。。。
今見えているところにそれはなく。
まさかね、という情報がきているので
やってみたらわかるのかなあ。。。

カバラ2

ただいまさなぎ中。

受講の帰り道、さなぎ、とイメージがきました。

イモムシの中身は液体になり、

もとの自分を溶かして再構築されてゆく。

自分の中身を使って。

さなぎの中身は液体なんですね!

これは、形になる前ということで

生命の樹でいうところの、イエソド?

破壊と再生でいうところの、ネツァックとホド?

というか、カバラ2のセフィロト全部! 

 

ほんとカバラ2の影響大きすぎて

自分のテーマがクルクル変わる日々。

さなぎの中なんだ。


 

カバラ3

ゲブラーとケセド
それは、授業中から来ました。
主にゲブラー。
わたしが先に進めない理由を許さないような
向き合って乗り越えろと言っているかのようです。
正しい答えは、自分にしかありません。
求められてるものにはありません。
自分の答えが取り出せない時、
それはキツイのです。
わたしの真実を生きるのに
その状態であってはならない。
その答えは聞こえているようで
取り出せていないことが
キツイのです。
そして、それをはっきりと取り出すことが
カバラ!
感じていることがはっきりと自分にとって
どんなことであるかを
わかること。

キツさを感じて大きくため息をついていると
つけていたテレビから、
苦しいのは成長している証だと
流れて来ました。
基本だった。。。さんきゅー電波。。。
ここから逃れてはならない。
とびきり嬉しい!楽しい!の手前にある
難所、
大げさ大好きな私。

↓各イニシエーション後の感想↓

 

豊かさを味わう期間が来ています。

これってケセドみたい。

 

カバラ3

ゲブラー。
それは同期から、わたしのゲブラーをみた!
と言われて気づいた。
名前を呼ばれる気がして、呼ばれた。
わたしはういういしくも、役目をやりきっていた。
それをみた同期が
わたしにゲブラーをみたと言った。
たしかに。

去年、一昨年のわたしなら、ガクブルだった。
今年は挑戦でもなく
ふるいにかけられた私の中身でそこに立った。
意気込みもいらない。
余計なものが払われた自分は
大きく見せる必要もなく
栄光の中、前を歩めばよかった。